意外と、 世の中、子供リードに賛成なのが驚き。 どうみても、犬の矯正(しつけ)にしか見えない。 ・走り回る子供の抑止 ・手を握るより自由の範囲が広い が、目的でアリ、 その肯定理由が、 ・言う事を聞かないので ・走られると自分は追いつけない ・レジなどで両手を使う事があるから などが、多いみたい。 でも、それって、自己責任ではないのかなー。 「言う事を聞かない子を、外に出すな」 私は、これだと思っていますし、 そうやって、詩・真・紗と暮らしてきました。 ママは、もっと苦労をしていたのかも知れないけど、 私は、一緒にいる時は、一緒に行動するべき、 と思っているので、 3人が小さな頃は、抱っこや手つなぎをしてきたとおもう。 「走りたい」のなら、走れる場所を一緒に探す。 なにかに興味をもってそこへ行きたいのなら、一緒に行く。 手を離さねばならないときは、 「パパのズボンもってて」としてきた。 行動について、ダメな時は、「ダメ」と言い、3人は、 「ダメなんだ」と、言う事を受け入れてくれました。 生まれた頃から、「ダメ」は、本当にダメだと 高い精度で接してきたのです。 よく、子供との約束を ・事情がかわった ・子供にはわからない事情 ・仕事だからしかたがない ・(あてもなく)また次にする などで、ナシにする場面が世の中にあります。 もちろん、私も、それがナイとは言わないけど、 「ダメ」になった理由は、 わかってくれるまで説明していたと思う。 だから、3人は、 「ダメ」は、本当にダメ を受け入れて (受け入れざるを得ず?!)なのでしょう。 ※そのうち、老化により、口論で3人には勝てなくなるのかな? また、手をつなぐ事で、 「お互いの存在を知る安心感」があると思う。 それに、手つなぎをしていると、 説明で「ダメ」を納得しても、 手が「行きたい」を訴えることもあるし、 「疲れた」「面白くない」など それを感じてあげられる。 だから、これまでも、ダメだとしても 「じゃあ、1回だけならOK」 「何時までなら、行って良し」と 小さな変更を、現場の判断でやっていけたと思う。 だから、直に手をつないでいない親子(乳幼児)を見ると、 「親子、お互いの気持ちは通じてるのかなー」とか思ってしまう。 あ、でも、3歳前旅行で、詩音さんは、 パパトイレの時、ベルトひっぱって安全確保した事はあるなー。 さて、この、子供リード 2000年くらいからアメリカで普及を始めたらしい。 そりゃそうだろう。 アメリカは、手を離したら、それは自分のモノでナイ証拠。 リードで繋いで置かないと、誘拐や命の危険がまっている。 まして、子供が勝手に走り出したら、死ぬのは当たり前。 「自分の庭に勝手に入ってきてら、撃ち殺して良い」 そういう法律の国なんだから。 高校生までは、徒歩通学は許されてないし、 送り迎えしない親は、子供虐待で逮捕される。 そんな国の文化が作った商品なのでね。 私には、このリードは、犬にしかみえないし。 特に、この写真のご家族は、 お姉ちゃんも、弟君をリードでひっぱっていた。 この商品に賛成する人の意見を聞いていると、 「(こどもとは)わかり合えないので、 なにをするか、突然の行動に備えて、 絶対的管理下に拘束する」と言ってるように思う。 これ、 「相手は犬だから、言葉通じないし、動物だからねー」 と、同じな感じだな。 また、 手を繋ごうとおもった子供に 「ああ、めんどくさい、リード付けるから後向いて!」 と、怒られたら、どんな気持ちだろう。 結論として それぞれの、ご家族で事情もあるだろうから、 それは、どうでもいいのだけど、 このリードを使う、親子を見ると、 「ああ、お互い、信頼関係が築けてないんだな」 「触れ合う機会が少ない子供は、幸福感のアイテムが1つ減ったな」 と、思うわけです。 ログインして返信する
ん?
さよみんが生まれた頃からあったグッズですよ。
彼女には必要かと思われたけど、こっちが引っ張られそうなのでやめたモノ
意外と、
世の中、子供リードに賛成なのが驚き。
どうみても、犬の矯正(しつけ)にしか見えない。
・走り回る子供の抑止
・手を握るより自由の範囲が広い
が、目的でアリ、
その肯定理由が、
・言う事を聞かないので
・走られると自分は追いつけない
・レジなどで両手を使う事があるから
などが、多いみたい。
でも、それって、自己責任ではないのかなー。
「言う事を聞かない子を、外に出すな」
私は、これだと思っていますし、
そうやって、詩・真・紗と暮らしてきました。
ママは、もっと苦労をしていたのかも知れないけど、
私は、一緒にいる時は、一緒に行動するべき、
と思っているので、
3人が小さな頃は、抱っこや手つなぎをしてきたとおもう。
「走りたい」のなら、走れる場所を一緒に探す。
なにかに興味をもってそこへ行きたいのなら、一緒に行く。
手を離さねばならないときは、
「パパのズボンもってて」としてきた。
行動について、ダメな時は、「ダメ」と言い、3人は、
「ダメなんだ」と、言う事を受け入れてくれました。
生まれた頃から、「ダメ」は、本当にダメだと
高い精度で接してきたのです。
よく、子供との約束を
・事情がかわった
・子供にはわからない事情
・仕事だからしかたがない
・(あてもなく)また次にする
などで、ナシにする場面が世の中にあります。
もちろん、私も、それがナイとは言わないけど、
「ダメ」になった理由は、
わかってくれるまで説明していたと思う。
だから、3人は、
「ダメ」は、本当にダメ を受け入れて
(受け入れざるを得ず?!)なのでしょう。
※そのうち、老化により、口論で3人には勝てなくなるのかな?
また、手をつなぐ事で、
「お互いの存在を知る安心感」があると思う。
それに、手つなぎをしていると、
説明で「ダメ」を納得しても、
手が「行きたい」を訴えることもあるし、
「疲れた」「面白くない」など
それを感じてあげられる。
だから、これまでも、ダメだとしても
「じゃあ、1回だけならOK」
「何時までなら、行って良し」と
小さな変更を、現場の判断でやっていけたと思う。
だから、直に手をつないでいない親子(乳幼児)を見ると、
「親子、お互いの気持ちは通じてるのかなー」とか思ってしまう。
あ、でも、3歳前旅行で、詩音さんは、
パパトイレの時、ベルトひっぱって安全確保した事はあるなー。
さて、この、子供リード
2000年くらいからアメリカで普及を始めたらしい。
そりゃそうだろう。
アメリカは、手を離したら、それは自分のモノでナイ証拠。
リードで繋いで置かないと、誘拐や命の危険がまっている。
まして、子供が勝手に走り出したら、死ぬのは当たり前。
「自分の庭に勝手に入ってきてら、撃ち殺して良い」
そういう法律の国なんだから。
高校生までは、徒歩通学は許されてないし、
送り迎えしない親は、子供虐待で逮捕される。
そんな国の文化が作った商品なのでね。
私には、このリードは、犬にしかみえないし。
特に、この写真のご家族は、
お姉ちゃんも、弟君をリードでひっぱっていた。
この商品に賛成する人の意見を聞いていると、
「(こどもとは)わかり合えないので、
なにをするか、突然の行動に備えて、
絶対的管理下に拘束する」と言ってるように思う。
これ、
「相手は犬だから、言葉通じないし、動物だからねー」
と、同じな感じだな。
また、
手を繋ごうとおもった子供に
「ああ、めんどくさい、リード付けるから後向いて!」
と、怒られたら、どんな気持ちだろう。
結論として
それぞれの、ご家族で事情もあるだろうから、
それは、どうでもいいのだけど、
このリードを使う、親子を見ると、
「ああ、お互い、信頼関係が築けてないんだな」
「触れ合う機会が少ない子供は、幸福感のアイテムが1つ減ったな」
と、思うわけです。