どちらが佐和子・詩音か判るか?
ふたりの赤ちゃん。
佐和子と詩音

どちらか、判りますか?
生まれる前に
最初は、メロディーから、できました。
や・ま・さ・き を口にだし、耳にきくと、
ド・ミ・レ・ド の音階に聞こえます。
そして、この後に続く、名前の部分が、
ま・さ・は・る
レ・ミ・ド・レ
さ・わ・こ
レ・ミ・ド
という、音階で構成されるわけで、
この子は、音階として、上がっていく感じの
名前がよいな、と思っておりました。
それと、3文字がよいな、とも思っていました。
これが、この春、4月くらいかな、そう決めていました。
そうそう、それまでに、女の子であるとの、情報があり、
気持ちは、女の子向け、ネーミングとして、うごいていきます。
3文字で、上がっていく音階となると、ド・レ・ミ、
レ・ミ・ファ、ミ・ファ・ソ、など、たくさんできますが、
や・ま・さ・き(ド・ミ・レ・ド)に続いて、心地よい
メロディーは、ドが重ならない方がよく、
また、ドに続いて、あまりに高音に飛ぶのも、おかしな
もんだと、実際に、なんども、ピアノを弾いて、一番
しっくり来るものを、探しました。
結果、レ・ミ・ファ、の3音になりました。
このメロディーが、きまった段階で、あまりにレ・ミ・ファという
音名から離れられず、”れ”から始まる名前や、
え行(レ)、い行(ミ)、あ行(ファ)にこだわりすぎ、
れみなちゃん、れいなちゃん、ということに成りつつありました。
それで、しばらく、頭を悩める時間が、過ぎていきました。
5月の連休明けの時期でしたか。
分娩の理論からすると、予定日(6月16日)よりも、30日早くても
まったくおかしくはないとすれば、すぐにでも、決めておかねばならず、
ドキドキの日々が続き、佐和子から、「名前は?」と聞かれるたびに、
わはは、と、やり過ごしておりました。
出産当日
さて、時は、一気に、6月12日、出産当日に飛びます。
結果、決められてはいないまま、当日を迎えるのでありました。
佐和子を、病院に入れ、病室にて、計測器など、装着し、ひとまずは、
その時を待つ、という状態の中で、おなかの中から、なにやら
メッセージが聞こえてきます。
計測器につながれたマイクから拾った、おなかの中の、ちいさな
心臓の音が、部屋中に、こだまします。
1分間に、約140〜160回、リズミカルに、戸切もなく、打ち続けます。
30分ほど、そのリズムに耳を、傾けていたのですが、それは、
おなかの中からのメッセージなんだろうな、と思い、メロディーも決まって
この子は、リズムも決めて、あとは、詩だけなんだなー、と
そのリズムに乗って、考えていました。
本格的入院に必要な装備をとりに、ひとまず、私は、自宅に帰ります。
その道すがら、先程のリズムと、メロディーを、思い出しながら、
「そうか、音名と、音とは違うわな」と、気がつき、
上がる音の組み合わせを考えることにしました。
母音あ・い・う・え・お、のなかで、
あ<い い>う う<え え>お と、なるほど、母音にも
上がるような音、下がるような音ってあるんだと、気がつきました。
これを組み合わせると、佐和子、は、あ・あ・お となります、
”お”は、前の音から下がりますから、??子と付く名前は、却下
などと、しぼっていくと
う行:うくすつぬふむる
あ行:あかさたなはまやらわ
え行:えけせてねへめれ
という、う・あ・え、という母音順に決まりました。
では、この組み合わせを、全部、作るわけですが、
8×10×8の組み合わせは、640種類の名前ができます。
これは、大変。
そこで、女の子の名前ではなさそうな、音を減らします。
え行で、け・て・へ はないだろう?ということで、いろいろ削ります。
初対面
荷物をもって、病室にもどってから、さっそく荷物から
VAIOを出して、エクセルで、組み合わせ表を作ります。
佐和子の陣痛をさすりながら、あれこれ考えてみるのですが、
どうも、たくさんありすぎて、焦点がさだまりません。
そうこうするうちに、12:00を過ぎて、看護婦さんから、
分娩室に入ります、とのこと。
ありゃ、おおごとだ、と、いうことで、カメラ器材をもって、
分娩室に。
結局、この時点で、決まらぬまま。
分娩室では、先程の計測器から、また、音が出ています。
一生懸命、時間を進んでいく佐和子を見ながら、待ちます。
そして、13:02、元気な歌声とともに、10憶年の
進化を一瞬に通り越し、誕生しました。
歌声・リズム・メロディーと、いうキーワードが、頭に残り、
部屋に戻った時点で、VAIOを見直すと、比較的
最初の方に、「う・た・ね」という組み合わせが目に入りました。
唄・音色・詩・歌 ・・・・そうだ、この子は、うたねちゃんだ。
そこで、佐和子と、山崎に重ねて、作ってみた、うたねの文字面
山崎詩音 山崎歌音
二人の結論は、「詩音」に決定。
めでたく、この子は、詩音(うたね)に、決まったのです。
こじつけながら
この名前に、なんの願いがあるのか、ということも実は
こじつけながら、ありまして。
「詩」は、人の心を作り、人の心を伝える、
詩を作るのは、人間だけである、と思っております。
そこには、歴史であったり感情であったり、時事風物など
人間のありとあらゆる営みが表現されます。
つまり、詩とは文化であり、人間という種がもつ
特別な能力であり、そして知恵と知識の集合をさします。
詩というものを、生まれながら名にもつことは
人類の知能英知を、生まれながらにして
持っているという証である、との願いがあります。
「音」は、生きとし生ける万物共通のメッセージ
詩は人間の象徴ということに反して、音は
地球上、万物に共通するものです。
けものも、虫も草木も、音を発し、音を感じます。
あるいは、水や石や砂、空気も、音を持っています。
音を理解するものは、すべての物に共通の
コミュニケーションを行えるに等しいと思っています。
詩と音、それを名に持つ、山崎詩音(うたね)は、
人類の文化を、感じ、作り、伝えながら、
地球上、人類だけに限らず、音とともに、すべての万物と
コミュニケーションを、保ちながら、未来に向け、
歩んでもらいたいのです。
また、これからの国際社会、詩音という文字の美しさは
ポエムを詩(うた)と発音し、音(おと)を、ね、と発する
日本の文化を象徴しており、いずれの国にてでも、
名の美しさ、日本らしさを、歓迎されると思っています。
また、その文字の意味も、いずれの国にも、存在する
ポエム(詩)、サウンド(音)、であり、
国際名としても恥ずこと無い、名前でしょう。
また、余談ですが、
詩(Messeage)の、Mは、雅治のM
音(Sound)の、Sは、佐和子のS
でした。
以上