デジタル機器は学校教育(授業)に活用できるのか?

デジタル機器は学校教育(授業)に活用できるのか?

以後、話を進める中で、デジタル機器について

次のように整理をします。

・PC

 いわゆるパソコンで、キーボード・マウスを使うデジタル機器

・Pad

 iPad・iPhoneなど単画面のタッチ操作のデジタル機器

・デジタル教材

 上記、PCとPadを指す。

とする。

私が「教育に関するデジタル教材」を意識し始めたのは、

鶴崎工業高校在学中の事だったと思います。

たぶん、高校2年(1984年)くらいだったです。

当時、私はSHARP製のPCを使っていた。

日本語はまともに表示されず、メモリーも64Kだった。

 ※64Kとは、ギガの16344分の1

そして高校生がPCを使う事がめずらしい時代。

販売元であるSHARPの大分営業所でも話題になり、

その話は大分県下を駆け巡ぐりました。

やがて大分県教育員会情報センターに噂が届き、

当時の情報処理部長の先生と面談する。

この方(故人)は、のち情報科学高校の校長を務めました。

この時、部長先生から、

「学校でパソコンが使われると思うか?」

と聞かれ、たしかこう答えました。

「パソコンを学校で学ぶと言うのはプログラミングですか?

 それともパソコンの製造ですか?、活用ですか?」

と、いつもの問いに対して問いで返す馬場少年。

まだこの当時は各学校にPCを設置する事は無く、

実習として、この情報センターに行って使っていました。

そのカリキュラムは、極簡単なプログラムを体験する程度で、

その体験を元に「将来はPC関連の仕事に就くぞ!」と言う事など

想像できるほどのものではありません。

いまで言う職場体験程度の事です。

しかし翌年、1985年に実業系高校に少しづつPCが入ってきます。

NECのPC88Mark2だったと記憶しています。

授業は、簡単なプログラミング例を紙で渡されて、

それを打ち込んで動く事を確認するだけの話でした。

馬場少年は当然「おまえはスキにやってろ」という扱いです。

その後、1985年からパソコン通信が普及すると、

学校現場では、興味をもった教員が自分の活動として、

あるいは部活としてパソコン通信を取り入れるようになって、

学校現場からの情報発信が始まってきます。

ネットワークの歴史は、1993年に大きく変化を始めます。

インターネットの一般開放が始まりました。

1990年当初まで多くを占めていたパソコン通信は、

利用者とセンターが、1対1でつながって情報通信をしていました。

その為、センター側の回線数が利用者の最大値となり、

例えば、100回線のセンターでは、同時に100名しか利用できず、

101年目は、使用中の誰かが退席するまで待たされていました。

また接続中は、ずっと通話状態となり秒刻みでお金がかかります。

新規投稿を表示してデータを受けている時もお金がかかり、

その画面を操作せずにずっと読んでいる間もお金がかかりました。

ところが、インターネットは、仕組みが違い、

利用者は、最寄りの幹線道路(ネット)につながりさえすれば、

その道路を通じて、沿線に立つビル(ネットサービス)に自由に行けるのです。

インターネット開始当初は、パソコン通信と同じく、

時間でお金が掛かっていましたが、のちに技術の進化によって、

定額制が始まり、通信の速度も、光ファイバーの普及で飛躍的に向上します。

1990年代後半になると、学校でのPC導入は、

「プログラミングを体験する」

から

「インターネットでの情報検索」

にかわってきます。

うちの3人は、この時代以降のPC教育を受けてきたはずです。

さて、学校現場は、基本的に文部科学省の管轄ですが、

一方のインターネットは総務省(当時の通産省)が担当です。

お互いの成果競争が始まります。

通産省は学校にインターネットの普及を促し手柄にしたいし、

文部省も同じく、ネット利用のカリキュラムで誇示したい。

しかし、

学校の現場や周辺の業者にとってはどちらからも予算がでる美味しい話でした。

私は、当時の御縁から、

東京都港区 神応小学校のプロジェクトに参加します。

苅宿俊文先生

http://www.si.aoyama.ac.jp/gshi/profile/kariyado.html

苅宿先生は、当時、神応小学校の教員でした。

「らしさ工房」

そこで自由な発想で子供達が活動できる環境の研究をしていました。

その環境にPCを取り入れて行きたいと言う話があり、

私は、そのソフト開発のお手伝いをしました。

https://ci.nii.ac.jp/naid/110003026422

「再構成型描画ソフトウエア脳の鏡」

簡単に言えば「お絵かきソフト」なのだけど、

子供が描いていく様子を白紙からずっと録画を続け、

また使ったペンのサイズや色もそのまま記録していく。

その後、再生をしながら子供がなにを思って描いて言ったのか分析ができる。

例えば、

最初は、大きなマルに長い鼻をつけてゾウを描こうとしていたが、

羽をつけたり、足が車輪になったりと、なにやら不思議な絵が出来上がった。

その描画課程を見ながら、子供と教員は、

この時なぜ羽をつけたの?

足が車輪になったのはナゼ?

と聞きながら、子供の心理や好奇心の変化を遡って見る事ができる。

そのようなソフトでした。

紙に描いて、結果だけみる、従来の図工の教育では不可能な事です。

PCが教育に使われる1つの好事例だと思っています。

※私はそのソフトのレコーディング部分の開発を担当しました。

 ええ、はい、とても美味しい仕事でした。

 たぶん1000万円近くもらったと思う。 笑

しかしながら、

学校現場の現実は、物理的環境よりも、教員のやる気や

職員室の空気や、学校そのもの・教育委員会の歴史が左右して、

PC導入よりももっと前の段階で解決すべき事が多いと感じています。

上記ソフトを導入して、苅宿先生に続けとばかり挑戦した学校は多く、

九州では、宮崎の小学校に予算が付いて脳の鏡を使いました。

酪農しかない村で、全校生徒6人とか言う小学校です。

私も関係者として宮崎まで見学に行きました。

ホテルシーガイヤのスィートルームに滞在して、

電動で開くカーテンから太平洋を昇る朝日で目覚める体験をしました。

さすが省庁が予算に付くと、いろいろ違いますね。 笑

もちろん結果は、おわかりの通り、

苅宿先生が築いた教育は、苅宿先生しか成せない。

効果がなかったわけではないですが、

そうやって感性を膨らませた子供達が、

その後の人生に於いて、それをどう活用する?

あるいは、何かの別のキッカケをスイッチOnできるか?

と言う部分で難しいのだろうと思いました。

ここまでの話でわかるように学校現場でのデジタル機器の導入は、

当初の、開発者養成から=>利用者訓練に変わっています。

たぶん、本質はデジタル機器の利用方法というより、

氾濫する情報社会の中で、情報の真贋をどう見分けるか?

と言う事になるだと思いますが、

今の時点で、日本の教育システムの中では、

その判断基準を設けたり、適切な指導をする教員の要請は難しいのでしょう。

最後に、

2000年に入ってからは、インターネット利用の道具としての導入も

少しづつ変化をみせ、教育の道具としての導入が出てきました。

デジタル教科書、あるいはデジタル授業としてのデジタル機器の活用です。

たぶん日本の教育史の中で、機械にたよる授業の始まりは、

英語教育ではないかと思っています。

ネイティブの教員をすべての学校に配置できない事から、

録音テープや教材ビデオを整備していきました。

その録音を繰り返し聞く事で、英語を学ぶと言う仕組みです。

LL教室(LanguageLaboratory)といわれていました。

そのLL教室の刷新にあわせてデジタル機器の入れ替えが行われています。

1998年くらいだったか、

私は、東京銀座のシステム会社の依頼で、

教科書・問題集ソフトを作りました。

教員が、設問と回答の選択肢を登録すると、

生徒の画面に、アンケートの様に表示され回答していきます。

教員画面では、各生徒の進捗や出席、成績が一目瞭然!

このシステムは、

・東京医科歯科大学

・早稲田大学

・桐朋学園

・慶應義塾大学

に納入しました。

美味しい仕事でした。 笑

今でも使っているのかは判りません。

さて、

それらのシステムに携わってきた事を振り返ると、

「授業でネットを使う事」

については、何も問題はないと思います。

しかしながら、その授業は

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

いずれが目的なのかをスタート時に明確にすべきでしょう。

別件「未成年者のSNS利用について」に関連しますが、

SNSを上手に活用するためには、

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

の能力が求められます。

そして、指導者側の教員も、上記4点について習熟が必要です。

ピアノを弾けると同じような習熟レベルが求められます。

ネットは極身近で活用されていますが、

それは自動車の運転と同じくらいの距離にあり、

利便性がある事と同じように、危険性も大きいです。

自動車の運転には免許が必要なように、

ネット利用も、もしかしたら許可制にするほど危険なのかも?

と思う事もあります。

ひとまず、このくらいで終わりとしておきます。

(ぱ)

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