東京・神奈川・静岡・愛知・岐阜・滋賀・京都
大阪・兵庫・岡山・広島・島根・山口・福岡・大分
※2006/4現在、東名・名神・中国・九州の自動車道がかかる都府県
自動車を買いに行った。
目的はそれ1つ
バスを買いに行こう
それは突然の決定だった。(前回:雅治&詩音の「東京日帰り小旅行」と同様のノリだ)
昨年2005年秋より、やまばと幼稚園の依頼で、中古のマイクロバスを探しており、
この3月、希望に適う物件が見つかった。
Yahooのオークションで見つけたその車体は、日産シビリアン平成2年
キャンピング改造を施した、車体であった。
やまばと幼稚園では、これを乗用にするわけでないので、
乗客席など無いほうが都合良く、予算としても折り合いが付いた。
ところが・・・・・
車体は、神奈川県に存在した。
雅治&詩音の「東京日帰り小旅行」
現車は神奈川県

オークションの商品だ。
※自動車をオークションで購入する神経については別の機会に
映画DVDの中古や、激安家電と違って「ハズレたら笑って済ます」わけにはいかない。
なんせ、自動車の取引である、ひとの命に関わる物件だ。
もちろん、出品者とメールや音声でのやりとりのなかで、
互いに「信頼おける人柄」を感じ取っているのは前提である。
しかし、モノがモノだけに、慎重に進めることにした。
つまり・・・・・「現物の確認に赴くことにした」わけである。
2006年4月6日に、空路で大分→東京…..厚木入りし、確認の上、取引成立させて、
その後、費用の精算などを経て、陸送業者に委託し、
「大分で到着を待つ」計画だった。
出発の数日前から、先方と合流地点の確認や、付帯費用の打ち合わせを
進める中で、現車確認に赴く費用が丸々こちらの負担総額に影響し、
買い付けしたにも関わらず、別途費用で、輸送することに
私は疑問をもった。
「その場で決めて、乗って帰ればいいではないか」と極めてシンプル。
早速、その旨、先方に伝え、取引成立の直後、自走で大分に戻る段取りをお願いした。
問題点は、車体が1000キロを超える距離を短期間に走行可能か?ということ。
実際、ファンベルト交換や油液補充は必要であろうと、私も考えていた。
前日5日、先方とのやりとりで、整備工場の段取りや、自賠責・仮ナンバーの
手配手順が準備されていった。
ところが・・・・・
詩音同行決定
その資料を作成していた時に、長女「詩音」がやってきた。
詩「パパなにしよんの?」
雅「あ、明日幼稚園のバス買いに東京に行く準備してるの」
詩「えー、詩音ちゃんもいくー!」
雅「マジ?」
詩「いくー」
雅「退屈でー、ずーっと車に乗ってるだけなんで」
詩「いくー」
雅「じゃ、いくかー」
という、いつものノリで、同行者追加決定。
前日の4月5日 21時を回ったところだったが、
JALの予約を追加変更して、先方にもその旨伝え、
ママは、詩音お出かけキットを準備。
先方より、音声連絡が入る。
お嬢さんも乗るのなら、確実な走行を保証したい、
しかし、当日、取引成立後の整備開始では、
一日無駄にさせてしまうおそれがあるので、
成立はしていないが、今夜中に整備を開始したい。
との事だった。
不成立の場合、整備費用の負担は、どちらの責任か?
そういう部分も、未解決要素ではあったが、
訪問は、購入する前提での現車確認だ、さっそく整備開始をお願いした。
そして、現車を見て、驚くことになる。

※ホーバー室内(なんだが携帯カメラのレンズのせいか、ひずんでいます)
翌日、4月6日 6:00起床で、6:45のホーバーに乗る。
タクシーで、大分ホーバーに到着し、1番最初に船体へ乗り込む。
大分空港に到着後、出発までしばらく時間があるが、
特に何をするでもなく、そのときを待つ二人。
(実は、プリクラなんかもやっていた)

※すでに退屈な、詩音さん
8:25発 JALにて、空路羽田へ出発。
お約束の、ハイチュウいちご味は、売店で購入

※本日の搭乗機をバックに
飛行機は、前回以来かな?
機内で、星の形のminiクッションをもらったり、
オレンジジュースをもらったりするけども、
なんとなく、時間をもてあます様子。

※機内でヒマモード
クラスJシートのため、ちと大きい座席が身体にあわないのか、
ぐねぐねブツクサごろごろとしばらくしていた。
また、上り線進行方向右側のため、富士山も見えず。
(いずれにしても曇りでダメだったようだ)
あまりに退屈なのか、機内のトイレに行ったり。
イマイチな上空生活を過ごし、着陸となった。
羽田空港着

※羽田に到着してすぐ、パパが行ったトイレ前
トイレに行きたくてしょうがなかったパパがすっきりと出てきたので
羽田空港到着の1枚
この後、京急空港線で、羽田空港=>京急蒲田
乗り換え後、京急本線、京急蒲田=>横浜
乗り換え後、相鉄本線、横浜=>さがみ野
と、移動する。
移動の車窓から、詩音さんのコメント
「緑が少ないね、詩音ちゃん、こんなところイヤだ」

※さがみ野に向かう、京急線(羽田空港)のホームで待つ詩音
さがみ野駅に到着し、車体をお世話になる大木氏と駅のロータリーで合流
さがみ野駅周辺は、日産自動車座間工場となる。
周辺をガイド頂きながら、厚木の自動車整備工場へ移動した。
大木氏のところは、幼稚園の男の子・女の子のお子さんがいらっしゃるそうで。
移動の車内
「おじょうちゃん、ラブ&ベリーなんてする?」
「するー!」
「じゃ、CDかけるね」
と、同じ世代の子を持つ父親の車は、同じ状況なのだと大笑い。
(私の車も、同じ音楽装備だ)
子供は、ハイチュウがすきだとか、神奈川県の幼稚園の様子とか
大木氏の仕事の話、私の自宅自営業で無職と思われている事とか、
私が持っていた面会前の印象と一致、あるいはそれ以上の親しみを感じた。
12:00
とにかく、現車を確認が、目的なので、
前日から工場入りしていた現車を初めて見る。
驚き・・・・ハデな分解整備の真っ最中だった。
(私はガソリンスタンドの点検レベルは最低限お願い出来るかな、と思っていたが)
工場スタッフの意見で、九州まで帰るのなら、
しっかりと整備をして送り出したい。
ということで、油液類・ベルト類は、補充や新品に交換し、
グリスアップ・電気系統も点検していただいた。
私の予定は、13時前に工場を出発したいと思っていたが、
14時まで整備にかかるという。
(時間が合えば、静岡・京都に立ち寄る計画を持っていた)
大木氏と無事あえた

※今回、車体をお世話になった、大木 正俊 氏 うどん屋で
その間に、近所でうわさの手打ちうどんで昼食を。
本当においしかった、私は2人前をさらりと、頂きました。
詩音さんも、大人一人前を、ぺろり。
次に、仮ナンバーの取得で、愛川町役場に。
もっと、大変な事かと思っていたんだけど、
申請書、免許証・車検証・自賠責証と750円を出すだけ。
使い込まれた仮ナンバーを受け取った。
——–
心霊スポットで有名な、病院の廃墟などを、道中に見たりしながら、
工場に戻ると、あとはワイパーゴムの交換で終わりだと。
時間は、14時を過ぎていた。
なにやらモメているが、車体年式が古くて、到着したワイパー部品が合わないらしい。
そこで、工場にある別のバスからワイパーアームごとひっぺがして
私たちの車体につけてくれた。
今回、雨にあうこともなく、この恩恵に触れることはなかったが、感謝。
——–
バスの整備もすっかり整い、大木氏と費用の精算など済ませ、3人でかたい握手を交わした。
4月6日15時過ぎ、整備工場が面する129号線に出て
ながい長い旅がスタートした。
私の計画から、2時間ほどずれ込んだ出発だったので、
静岡・京都の立ち寄り予定は、断念した。
大分に向けて走行開始
まずは給油をして、129号線を進み、東名高速道路:厚木ICを目指す。
一般道の走行も、大きな混乱もなく、次第に車体の感覚にも慣れてきた。
さて、夜間も走行するわけで、詩音さんは眠ってしまうことはもちろん、
私も仮眠を取っての走行を考えていた。
ホームセンターに立ち寄り、ふとんなどを購入しようとあたりを見回し
国道を走るが、なかなか見つからず。
また、乗用車より大きいマイクロバスで入れる駐車場を備えたスーパーも見つからず。
結局、なにも購入できず、東名高速に接近した。
——–
厚木ICを通過し、東名高速下り線に入る。
いつもの乗用車の感覚で加速するが、100Kが限界
うーん、この感覚のズレがずっと苦労する1つの要因だった。
全体の時間配分を、いつも使用している乗用車の性能で
考えていたため、1時間で、120Km以上進めると計算したが、
実際は、60〜80Km位しか出せなかった。
もちろん、車体の状況も、整備済みとはいえ、いきなりムリな
走行をするわけにも行かず、しばらく互い?に様子見の運転を続ける。

※最初のSA 足柄SAで
いくつかのICを経て、最初のSAに到着
写真をみての通り、一応、大型車の並びに駐車するのだが、
15トンの輸送車に比べたら、谷間の突起物って感じで、
ずいぶんちっちゃく見える。
詩音さんは、この様子が気に入ったようで、バスを「うちの子」と称し
以後、ずっと車体を「うちの子はちっちゃくてかわいい」とお気に入りなのである。
(もしかして詩音さんと一緒にバスも荷揚町小に入学したりして)
ショップで、おみやげ買いあさり&車内用飲食をまとめ買い。
あまりに退屈な詩音さんは、ウサハナの液晶携帯ゲームを購入。
(でも面白くなくて役に立たず)
しばらく、下り線を走行。
今回の旅の目玉、富士山に会う。
富士山

※富士川SAで、富士山が見えず
景観日本一と自称(公式HP)する、富士川SAに立ち寄るが.......。
なんだよー、おい!
富士山を拝む目的は果たせず、おみやげ買って、次に。
——–
神奈川県から静岡県に入るが、静岡といえば、ずっと会いたかった人がいる。
1997年、香港がイギリスから中国に返還される瞬間に立ち会うツアーが
客船「ふじ丸」で計画され、私はそれに参加した。
その参加者であった、清水在住の内田ご夫妻である。
内田家襲撃?!

※静岡清水の内田ご夫妻と

※その際、わたしたちがビジターで、ふじ丸に乗船した時の佐和子&詩音
2000年春、大分にお見えになったこともあって、そのとき詩音は1歳前だった。
家を出るときには、立ち寄るつもりで、近況を伝える写真など持っていたが
工場の出発が、2時間近く押してしまったので通過しようと思っていた。
しかし、やはり静岡まで来て、会わずに帰るのもなんだし.....。
実は・・・・・調達するモノがあった。
車内で仮眠をするためのふとんだ。
そこで、電話で、内田夫妻に「いまから行くよー」と、電撃連絡。
内田のおかあちゃん、なにか良く解らないけど、
自宅までの、経路を説明してくれた。
清水駅前通に面した自宅の駐車場に、バスを突っ込む。
1Fが駐車場で2階もある家の真ん中に、バスが半分はみ出した状態は
まるで「バスが民家に突っ込んだ事故」のようだった。
部屋に上がって、静岡の美味しいお茶を頂きながら
挨拶もそこそこで「おかあちゃん、ふとんおくれ」と言い出す。
老夫婦の二人暮らしで、来客も無いから「急に言われても」と
ぶつくさいいながら、家中回って掛け布団を出してきてくれた。
ほんの20分程度の滞在で、こちらの欲しいモノだけもらって
18:45 さっさと内田家をあとにした。
再び、清水ICから東名高速下り線に入る。
夜間の東名は、輸送車で、大混雑。
大半が、15トンのコンテナ車であるが、
前後の車間1mくらいで、バンバンと飛ばしている。
左側走行車線は、速度厳守ドライバーが、きっちり80kで走行し、
追い越し車線は、戦うドライバーの無法状態。
私たちも、乗用車でなく高い位置の運転席で見通しがいいので、
走行バトルに参戦するが車体のパワーの差は歴然。
こちらが、100kを超えて110k限界に、悲鳴を上げながら
進んでいる真横を、大きな輸送車が、何台も連なり、ぶち抜いていく。
相対速度で判断するに、200k出る輸送車も有るみたいだ。
ちょっぴり、15トンのトラックが欲しくなる私。
(置き場所がないから、ムリだなー)

※夜の東名高速を激走するパパの後ろ姿(詩音撮影)
退屈な詩音さんが、大きな輸送車と戦うパパを携帯で撮影する。
——–
やがて時間は、21時前
夜ごはんと、シャワーをかねて、浜名湖SAに停車する。
ここで少し仮眠しようかとおもっていた。
なんたって、ふとんも調達済みだ。

※浜名湖SAで、ウナギ丼を食べるが・・・・・
やがて時間は、21時前
夜ごはんと、シャワーをかねて、浜名湖SAに停車する。
ここで少し仮眠しようかとおもっていた。
なんたって、ふとんも調達済みだ。
まずは、腹ごしらえだと、レストランに入る。
私は、焼肉定食で、詩音さんは、迷わずうなぎ丼
詩音さん、どうも食が進まず....。
1600円もした、ウナギ丼だ、もったいないから食えよ、
と、つまんだ私も、箸を引っ込めた。
味覚の世界は広いことを実感した。
きっと、あの商品を支持する人たちもいるのであろう。
シャワーが無い!
さてシャワーをして、少し休んで再度激走と思っていた。
ところが・・・・・・
私の勘違いで、浜名湖SAには、シャワー設備が、なかったのだ。
あわてて、インフォメーション端末に行き、SAの機能別検索を行うと、
私たちの旅路には、先ほど、通過した牧之原SAにしかシャワーはないのだ。
(私が、全国SA表で、設備一覧を1行見間違えて、覚えていたのだ、うぅ..)
もう1箇所は、名神高速道路:多賀SAに簡易ホテルがあるだけだ。
わたしの事前調査の甘さが、ここにきて、自分たちを窮地に追いやった。
汗かきの私は、ぜひスッキリしたいところで、
詩音さんも、キレイになって眠りたいと願う。
選択肢は2つ
(1)先の多賀SAのホテルまで進む
しかし、まだまだかなり先にある
(2)一度、東名高速を降り、上り線に乗り換え、牧之原へ戻る
しかし、IC10個程度の戻りは、大きな時間のロス
その決断は、しばらく目を閉じて考えた詩音さんが下した、
「うん、よし、キレイになってがんばるために戻ろう」
その決定を受けて、下り線、次の三ヶ日ICで、折り返し、
再度、上り線へ入り、牧之原SAへ。
さすがに6:00起床から休憩無しの詩音さんは、眠ってしまった。
トラックセンター
1時間程度の戻りで、牧之原SA上り線側へ到着。
ここは、トラックと一般の駐車場が大きく分かれており、
その意味を後になって、思い知った。
一般客の気持ちで、普通車が並ぶショップ側に車を停め、サービス棟へ。
しかし、シャワー室は見あたらないのである。
そう、ここの駐車場の様子を思い出した。
トラック側は、トラックしか停まってなかった。
つまり、トラッカー専用のサービス棟があったのだ。
私は、そこにシャワー設備はあると、推測した。
さっそく、そちらの建物に移動することにしたが、
我々は、車に戻らず、歩いて移動した。
しかし、広大な駐車場は、およそ幅1キロはあろうか。
目では見えるが、トラック側のサービス棟は遙か数百m向こうである。
自車に戻って車で移動するか、半分以上まで来たのだから行ってしまうか。
気温は約10度、子供には辛いだろう。
でも、徒歩を強行する二人。
トラック側サービス棟にはいると、にぎやかな飲食スペースの向こうに
ランドリーと、コインシャワーがあった。
当然だが、シャワーの前には、10名ほどの、トラッカーが順番をまっていた。
その筋チックなトラッカー達が、ビオレ等を入れたカワイイ百円カゴをもって、
静かにベンチに座っている。
私たち親子も、その末席に並んだ。
3台あるコインシャワーは、200円で10分の噴射だ。
以後、100円毎に5分の延長が可能だが、
だいたいが、10分の間隔で利用者が出入りする。
先着が減っていき、順番待ちベンチを横ずって、詰めていく。
シャワーから出てきた人は、順番待ちのみなさんに
「お疲れ様です、ありがとうございました」と一礼して去っていく。
次に入る人は
「お疲れ様です、お先にいただきます」と、一礼して入る。
私たちは、トラッカーではないが、それが礼儀ならと、
利用前と利用後のご挨拶を、その場のトラッカーにする。
もちろん、言われた人たちも「お疲れ様です」と返してくれる。
きっと「春休みなので業務走行に娘を同乗させたんだな」と思われただろう。
その様子をみて、自分の子供を思い出したトラッカーも居たはずだ。
思いがけない場所で、人間的で貴重な体験をしたと思っている。
(でも、私はトラッカーではないのだ)

※コインシャワー後
さて、深夜の静岡県、外は10度の厳寒
詩音さんを冷やさぬように、頭にタオルを巻き
私のシャツを重ね着させて、車に戻る。
つまり、私は、Tシャツ1枚で、厳寒の中をあるいた。
シャワーが暑かったので、実際は、心地よい寒さだった。

※シャワーが終わって、車内でくつろぐの二人
髪を念入りに拭くなどしながら、「コインシャワー体験」が
とても楽しかったと、興奮気味の詩音さんの感想を聞く。
身支度を調え出発、車線に入り「さて、いきますかー」と速度を上げる。
暴走トラック達の流れにものって、快調だ。
詩音さんは、内田夫妻から頂いたふとんの様子を調べると言って、
広げたり、かけてみたりしていたが、気持ちよくなって、すぐに寝てしまった。
次の吉田ICを過ぎたところで、「ああ!!」と、あわてる私。
そう、私は、上り車線にいたことを忘れていた。
ごきげんに東京方面へ向かっていたのだった。
つまり、先ほど通過した、吉田ICで降り、再度下りに
入らねばならない所をすぎてしまった。
まさに、Oh! No! である。
この事件は、詩音さんは、寝てて知らない。
次の焼津ICで、折り返し、再び下り線に戻った。
本日、2度目の牧之原SAを通過、2度目の浜名湖SAを通過し
シャワー事件がなければ、意識に残らなかったはずの三ヶ日ICを通過。
約3時間のロスであった。
パパ一人、走る
その後、しばらく順調に走行した。
内装はシンプルなままで、エンジン音や外の騒音が鳴り響き
会話も困難な車内で、詩音さんは熟睡していた。
また、TVは付いているが、電波状態も悪く、まして聞こえない。
音楽もない、グォングォンという騒音だけの、一人の運転だったが、
これもまたこれで良い感じで、今日の出来事や、先のこと
そして、この春から始まる、いろいろな新生活に思いをはせた。
出発前の下調べで走行区間に19箇所のSAが有ることを知り、
1つ毎に、名物土産を買おうと考えていたが、これも誤算。
深夜に通過するSAでは、買い物は出来ないのである。
上郷SAのみそかつや、養老SAの赤福・ゆかりなどなど。
走行中も、いろいろな体験があった。
地形の状態で、時折、高いところから、道路全体を見下ろせる機会がある。
さらに高い座席位置もあって、前を行く車の列は、遠くまで続く絶景である。
まるで、ナウシカオームの行進(本物は見たことない)のようだ。
すごいなー、と思ったのが、道路の走行車線にそって、
キレイに外灯が並んで、それも走行を案内するように、
流れに沿って光っている。
と思ったら、同じ大きさの輸送車がずっと連なって、
同じ速度で、同じ間隔で、移動しているがために
コンテナの四隅についている側車灯が、中央分離帯のように
固定された外灯に、見えたのである。
走っている車の大半が、輸送車である。
クロネコ・フットワーク・佐川・郵便・・・・
時折、自衛隊特殊車両や、タンクローリーや重量物トレーラーがあった。
深夜、やたらと輸送車が多いが、0時から朝まで、
ETCの特別割引の時間帯らしく、深夜に走るのが常識だそうだ。
途中、経路を間違え、中央道に入ってしまい、またもや上りに。
あわてて戻って、ここでも1時間ほど、ロスが発生。
この事件は、詩音さんは、寝てて知らない。
再度、東名・名神・中央に分岐する「小牧ジャンクション」に戻って、
今度は間違えずに、名神高速道路へ。
中国自動車道
多賀SAにさしかかったのが、7日午前2時付近。
もし、シャワー事件で、牧之原SAに戻らなければ、少なくとも深夜まで
汚いままの二人で、ここまで来ていたことになる。
立ち寄りはしなかったが、ホテルがあるだけなので、
シャワーだけという選択肢はなかったかもしれず、
詩音さんの決断が、二人にとってベストになったことは事実だ。
大津SAで、停車したのが、3:30
私も、6日6:00に起床し、大分を出発してから不眠不休だった。
さすがに、24時間ノンストップを直前にして、仮眠とした。
寒さもあったので、エンジンをかけておこうとおもったが、
よく聞くネタで、「排気ガスが車内入って危険だ」と思い、
エンジンをきって、横になる。
30分ほどで目が覚めて、トイレにいったが、どうもまっすぐ歩けない。
頭がフラフラするのである。
原因は、不明だが、排気ガスかもしれない。
排気ガス中毒を懸念し、自車のエンジンは切ったが、
周囲に数百台停まるトラックは、エンジン全開で停車している。
つまり、敷地内、排気ガスだらけだったのだ。
ぼーっとしていた4:00前だったが、なんとか出発。
——–
しばらく走ると、吹田ジャンクションにかかり、
名神高速道路から中国自動車道に入る。
実は、京都にも立ち寄る予定があったが、どう考えても
明け方の到着になると予想できたので、前日に先方へ断りをいれた。
当初計画を、乗用車の速度で、時間を計算していた私の誤算の結果だ。
(郷田さん、すまぬです、またお会いできる機会もあるでしょう)
大阪・兵庫、この付近で、だんだんと夜空が次第に変化してきた。
5:00になると、詩音さんが起きた。
中国自動車道は、大分の雰囲気と共通するところがあるのか、
詩音さんも、気持ちがいいようだ。
夜から朝への変化を、ずっとライブで体験しながらの走行である。
次第に、山道が多くなると、上りや下りがキツクなって
うちの子(バス)のエンジンも苦しいようである。
バックモニターで様子を見ると、排気ガスが黒煙となっている。

※中国道を爆走する二人
水温計を見ながら、でもトップスピードを維持する私。

※七塚原SAで朝食
当初の予定では、関門海峡で朝食を、と思っていたが、
いろいろなロスも重なって難しいので、朝食のため、
七塚原SAに立ち寄る。
まだ、食欲がなくて、おりにぎり1個の詩音さん。
私は、名物らしい七塚原バター入りのラーメン。

※ここまで無事にきた、うちの子(バス)と詩音さん
本日(7日)、15:00から(株)三信工業で、IT会議が予定されていたが
物理的にムリなので、バス&詩音さんの写真(↑)付きで、延期をメール連絡。
朝食を終えて、中国自動車道下り線を、走行継続。
山間の道路で、景色も変わらないため、詩音さんの退屈はピークになる。
トンネルの出入りが多いのでなんとか、気も紛れるが、確かにヒマだろう。
すみません、トイレないですか?
本郷PAを過ぎた直後に、事件は、起こった。
「あのね、パパ、次トイレ、いつ停まる?」
「あー、いま過ぎたばかりから、しばらく無い」
「あのねー、詩音ちゃん、うんち」
「ふーん、じゃ、次は停まろう」
しかし、彼女は待てなかったのである。
もうムリだの、頭が出そうになるだの、大騒ぎで。
「じゃあ、そこのタオルにしなさいよ」
「いやよ、そんなの恥ずかしい」
大騒ぎの車内で、なんとか、千代田ICを見つけ、
IC事務所に駆け込もうとする。
が、車体が車体なので、駐車場も横付けできる場所もなかったが、
運良く、その事務所は、除雪作業車の基地だったので
ひろい場所に、エンジンも施錠も放置で乗り捨て状態のまま、
事務所に駆け込んだ。
ドアを叩き「すみません、トイレないですか?」と
必死の形相の親子だ。
高度なセキュリティーで閉じられている事務所なので
鍵も開いてないし「関係者以外はいるな」と貼られている。
が、親切に迎え入れてもらって、パンツ脱ぎながら
トイレに走る、詩音さんだ。
大業を成して、仏の様な安堵の表情で出てきた詩音さん。
大きな声で、「ありがとうございました」と、事務所を後にする。
なので、料金所を出る事無く、パイロンを抜けて、再び下り線に戻った。
——–
退屈がピークに達したが、空腹もピークの詩音さん。
前回停車の七塚原SAでは、おにぎり1つだったので、当然だろう。
途中、いくつか飲食の機会もあったが、パパがどうしても
関門海峡でごはんだ、といい、そこまで待たされる。
別に大きな意味は無かったのだが、関門海峡をみて育ったパパの
あそこでメシにしたい、正にコダワリなのである。

下り線は、関門橋の下関側に壇之浦SAがある。
トイレをして、風が強い中、展望台に立つ。

※関門海峡をバックの二人
甘栗を見つけ、ママにと言うが、荷物になるので後回し。

※壇ノ浦SAで、関門海峡の写真をママに送る詩音
昼食に、展望レストランにあがって、
ハンバーグセットと、焼肉定食。
なんだか、ここでも食が進まない、詩音さん。
意見を聞くと、まさに当然の話で、
二人の結論からすると、高速道路のレストランは、
今後、注意しょうと、一致した。
レストランを出て、出発のため自車に戻るが、
ママに買おうとした、甘栗を思い出して、サービス棟に戻る。
「栗を買わなきゃ」と詩音さんの意見で、戻る様子を、
栗の販売員さんがみてて、
「おじょうちゃんのおかげで売れました」と言われ、
ちょっと気分のいい、おじょうちゃんでした。
九州上陸
関門大橋を渡りきり、いよいよ九州に上陸だ。
好天に恵まれた九州上陸に、思わず二人は、
「九州は、やっぱ暑いねー」と、同意見。
短時間で、関東から移動してきたゆえ、出た感想である。
このまま、九州自動車道:小倉東ICまで行く予定だったが、
折角の機会なので、パパの生まれ育った町や通った小学校を
見て回る「北九州探検」のオプションを実行した。
市民会館・庄司町・長谷・柄杓田小学校などを経由して、それぞれのエピソードをまじえ
散策しながらのオプショナルツアーだ。
とはいえ、私が6歳まで住んでいた頃とは、すっかり様子も変わっていた場所もあって
私自身も、新鮮な気持ちで見て回った。
雅治実母の墓に立ち寄り、詩音小学校入学を報告。
(その間バスは、どこにも置けないので道路に乗り捨て状態)
——–
10号線を進み、椎田道路に入ったところで、ママに電話。
やまばと幼稚園到着予定を、16:00〜16:30とした。
行橋・中津と進んだ。
途中、前々を行く輸送車の後輪が、破裂して、タイヤゴムが
飛び散り、前の車が、大きく動揺してぶつかりそうになった。
ほんとに、すごい音がした。
宇佐別府道路に入ったときに詩音さんは、居眠り。
そういえば、詩音さんは、車酔いのおそれがあって、ママが心配していた。
今回、どうなのかな、と私も心配していたが、キャンピング改造された車内は、
対面シートで、子供にとっては、部屋に等しい広さだ。
シートに立ち上がっても、天井には届かない。
移動中、あちこち車内を自由に移動して、居場所を確保。
そんな自由な空間であったため、車酔いはしなかったのだろう。
そして、生まれてこの方、車ではシートベルトで拘束されていた詩音さんだが
自由に動ける車内の体験も、酔いを誘わなかったのかもしれない。
(タクシーなどはベルトをしないが、パパに抱っこ拘束される)
大分米良で、起こされて、懐かしい半田マルショクを横目に見て通過した。
16:36、無事、買い付けたバスを、やまばと幼稚園にお届け完了した。
1都2府12県にまたがった、走行1426キロの旅は、
何日もかかった大変な旅であった感覚はあるが、
大分を出発した、4月6日6:30からすると、
実際は「34時間の旅」であった。
仮ナンバーのため、任意保険が用意できず、事故に注意をしていたが
無事に、帰り着いたのが、なによりのおみやげ。
そして、自動車の旅は、To Be Continued ではない....と思う。
END
余談
今回、6回、給油したが、クレジットカードで精算した。
大分に戻って、カード会社から、確認の電話が入った。
「山崎さま名義のカードで、何度も給油されていますが、心当たりは?」
「はい、長距離の車の移動をしましたので、事実ですね」
「そうですが、わかりました」
話を聞くと、
高速道路で駐車中の車から、クレジットカードを盗み、
その換金の手段として、何度も給油を繰り返し、
タンクにためて、転売する手口があるそうな。
1日に、何度もガソリンスタンドに行くと、
そういう利用者ステータスが出て、音声確認があるらしい。
いやあ、システム屋として、情報の見方(分析)の参考になった。
以上